ハローワークで仕事を探していた私は、ある日、求人票一覧の画面で、「MR文具」の求人を見ました。

MR文具は、駅からも近い交差点の角にあるビルに店舗がありました。

古いビルでしたが、一階はMR文具の店舗になっていて、二階から上、五階までは、事務所と倉庫になっていました。(これは私が、MR文具に採用になって入社してから知ったことです)

ビルと同じ敷地にある駐車場には、営業社員が乗る社用車も10台ほどありました。

私はMR文具で買い物をしたことはありませんでしたが、大きな文具店という印象を持っていました。

求人票の採用人数を見ると、8人でした。雇用形態は、パート労働者で、就業時間は、9:00~17:00のフルタイムでした。

私が探していた条件に、ぴったりでした。

それにしても8人の募集とは、どういう理由なのか、と私は思いましたが、そのときはまだ、求人票の備考欄を見ればいい、ということに気がつきませんでした。

窓口で「○○文具」への紹介を希望すると、担当者は私に、求人票を見ながら、就業時間や雇用形態、時給などの確認をしました。

私はよほど、8人という多い人数を募集する理由を聞こうかと思いましたが、担当者からは募集理由についての説明がなかったので、『面接で、聞けばいいわ』と思って、そのまま面接の日を待ちました。

そして面接当日、面接官である社長は、私がテーブルの上に置いた求人票を見ながら、

「その求人票にも書いたのですが、うちはいま、会社更生法の適用申請をしていましてね。
いままでのように、社員にボーナスを払えなくなりましたし、昇給もできなくなってしまったので、正社員と入れ替えに、新しくパート従業員を雇うことにして、求人募集をし、ました」 

と説明してくれました。

求人票の、社長の目線の位置に目をやると、備考欄に「会社更生法適用申請中」と記載されていました。

『えっ!? ハローワークの担当者、なにも言ってくれなかったわ!?』

私は頭の中に、ハローワークの紹介窓口でのやりとりを思い浮かべながら、担当者に対して腹立ちを覚えました。

『うっかりして、そのことには気がつかなかったので、そんな状態の会社なのなら、辞退させて下さい』

と言おうか、と迷いました。

しかし考えてみると、私はフルタイムのパートを探していたのであり、正社員を希望していたのではないし、8人の募集ということは、募集人数の枠が広いから、採用になる確率も高い。

とすると、会社更生法の適用を申請していようといなかろうと、関係はない。お給料さえ、きちんと払ってもらえるのであれば、問題はない、と私は思いました。

面接は終わり、私は採用になりました。

ハローワークの担当者が、なぜ、備考欄に記載されたそのことを、私に確認しなかったのかという理由は、いまもまだわかりません。しかし、私が入社してから知ったことでは、○○文具は、商売上の失敗で多額の借金を抱えたのではありませんでした。なので、通常の業務をいままでと同じように続けることさえできれば、更正できることは誰の目にも明らかでした。ハローワークの担当者は、そういう事情を知っていて、『これはラッキーな求人だ』と思って、あえて私になにも言わずに紹介してくれたのかもしれません。

入社して、仕事の引き継ぎが始まりました。

正社員は、役員以外はほとんど全員が退職することになっていましたので、パート社員に仕事の引き継ぎが終わった社員から、順番に退職をしていきました。

半年余りが、過ぎました。

すでに数か月ほど前、私は、私の考えが本当に甘かったことを、痛感していました。

それは、○○文具が使っていた、伝票作成のオフィス機器に問題があることでした。会社固有のオフコンでしたが、かなり古いものに見えました。

もしもウィンドウズを使ったシステムを導入していれば、正社員が辞めてパートに替わってしまっても、ほとんど支障なく業務は続けることができたと思います。

正社員と替わった私たちパートは、伝票作成機の操作がわからなくて、業務が前に進まないことが頻繁にありました。

さらに商品の料金が、取引先によって複雑に異なっていました。老舗だからでしょう。

誰かに聞かないと、取引料金がわかりません。でも経理にしろ、事務にしろ、わかる人たちは、すでにどんどん退職してしまっています。

業務が滞ると、次の業務が遅れます。精通している人たちであれば、事務が滞っても、営業は動きます。でも精通していない人間ばかりに替わっていますから、どこかで滞ると、みんな止まります。

注文の電話は、かわりなくどんどん入ってきます。伝票作成機の操作方法がわからないまま、注文の電話を受けなければいけません。

毎日が、パニックです。

数か月後、私は疲れ果てて、退職しました。会社の現況を考えると、退職を願い出るのは、本当に気が引けました。

面接で迷ったあの日、勇気を持って辞退すればよかった、そうすればかえって迷惑をかけることはなかった、私が甘かった、と後悔しても、「後悔先に立たず」でした。