私は、生まれて初めてハローワークに行った日に、そこで待ち受けていた生命保険会社のマネージャーに、声をかけられました。

彼女は、生命保険募集人の新人をスカウトするために、ハローワークへお仕事に来ていたのでした。ハローワークで新人を捕まえることによって、彼女の成績が上がり、インセンティブが入るからです。

そんなことはなにも知らなかった私は(いまも思い出すたびに、私って、本当になにも知らなかったんだわ、とつくづく感心するほど、なにも知らなかったのです)、言葉巧みに誘われるまま彼女についていき、16万円という月収に惹かれて、生命保険募集人となったのでした。

生命保険会社によっては、たとえば16万円という固定給が、成績に関係なく、一年間支給されるところもありますが、私が入った会社は半年間の支給しかありませんでした。半年後からは、基本給が3万5千円で、それにインセンティブがつくシステムになっていました。

私は、(馬鹿としかいいようがありませんが)素直な性格と見られたのか、ある大手広告代理店が基盤企業として与えられました。基盤というのは、自分の持ち場のようなものです。

私は、(その生命保険会社で教育を受けたとおりに)営業職の本分である、地道にコツコツ真面目に、で頑張りました。午前9時に出社してから午後9時まで、毎日、昼は基盤企業を訪問してアンケートを集め、昼からは飛び込みを重ねて新しい「エリア」を獲得し、午後5時以降は、アフターフォローが必要なお客様を膨大なリストの中から選び出してダイレクトメイルを出し、の作業を続けました。

もちろん土曜日は夕方まで出勤して、平日にはなかなか順番がまわってこない、設計書作成機で設計書を作りました。日曜日は、お客様とのアポイントメント。

その結果、知人を誰ひとりとして勧誘することなく(それどころか、知人は誰ひとりとして、私がそんな仕事をしていることさえ知りませんでした)、私は、毎月の与えられたノルマをなんとかクリアし、半年後に基本給が3万5千円に下がった時点でもまだ、手取りは13万円ありました。なんとか、かつかつの生活費です。

そしてさらに二か月後、涙ぐましい努力の結果、月々のノルマはいまだになんとかクリアできていた私は、ふと、考えました。
午前9時から午後9時までを、週に5日、土曜日も出勤して、日曜日にはお客様とのアポイントメント。計算すると、一週間で約75時間、働いていることになります。

週に75時間の時間給でアルバイトをしたとしたら、時給700円でも、週に \ 52.500- 、月に21万円です。私の給料は、手取りで13万円です。

では、来月の給料はいくら? 給料をもらおうと思ったら、契約を取らなければなりません。次の契約の予定は? その次は? その次は? その次は? 
それぐらい、前倒し前倒しにやっていかないと、あっというまに日は過ぎていってしまいます。

しかし先は見えません。その日、それから飛び込む家で、初めて顔をあわせる誰かが、契約してくれるかもしれませんし、もしかしたら、前の日に契約してくれた人が、気が変わって解約を言ってくるかもしれません。基盤企業の人から電話が入って、新しい保険に切り替えたい、と言ってきてくれるかもしれません。

先は、何も見えません。でも、月13万円が手取りできるだけの契約を取ろうと思ったら、他のアルバイトをしている時間はありません。疲れました。