私は以前、あるデパートで、洋服のリフォームの仕事をしていました。

私が勤めていたのは、そのデパートの系列会社でした。その会社は、社員の福利厚生においては、業界でトップを誇る待遇の良さが売り物でした。もちろん給与においてもです。

業務拡張による募集ということで、入社して一年ほどは準社員の待遇で、よほどの不行跡さえなければ、一年後には正社員に昇格してくれるという条件で入社しました。

一人暮らしの私にとっては、願ってもない嬉しい採用でした。

私は、紳士服のリフォームの配属になりました。そして、スラックスの担当になりました。

仕事は分業になっていましたので、専用のミシンを与えられた私は、毎日、自分のミシンを踏んで仕事を続けました。実働8時間に、残業がほぼ毎日2時間ぐらいでした。

私の仕事は、二人体制でした。私とAさんは、平日に交替で休みを取りました。

私は35歳で、Aさんは60代でした。二人とも女性で、Aさんは二年ほど前から、そこで働いているそうでした。

職場には20人ほどが働いていましたが、男女の割合は半々ぐらいで、一番若い人が20代後半の営業職の男性で、次に若い人が40歳ぐらいの女性Bさんで、その次が私でした。

私が入社して半年ほどが経ったころ、40歳の女性Bさんが正社員に昇格しました。

ところが私と同じ仕事をしているAさんは、Bさんよりも先に入社したのに、いまだに正社員に昇格していませんでした。

一般常識で考えれば、60代の従業員を正社員に抜擢する会社などないだろう、と思いますが、Aさんはそれが不満で堪らなかったようです。

毎日々々、私の隣のミシンを踏みながら、ぶつぶつと小さい声で、Bさんの悪口を言います。「あの子、仕事なんて、ろくすっぽできないくせに。あたしより、あとで入ってきたのに、正社員になったんだってよ」と。

私は返答に困り、聞こえないふりでいつも黙っていました。なぜなら、次は私が正社員になる番でしたから。

するとある日、Aさんが私に言いました。

「○○さん、聞いた? 一日に130点以上、縫わないと、あたしたちの給料は出ないんだって」

「ふう~ん」

と、私が返事をするのを待つや、Aさんは、

「あたしは、130点ぐらい、軽くできるよ」と、私に挑むように言いました。

それからです。Aさんは、私よりも仕事が早いことをみんなに見せびらかすように、ものすごい勢いで縫い始めました。

 同時に、検品の担当者が、毎日、ぼやき始めました。

「縫えばいいって、もんじゃない! クレームがつくような荒い縫い方ばかりされたんじゃ、たまったもんじゃない!」と。

その注意が聞こえないかのようにAさんは、目を尖らせて私を見ると、毎日、こう言います。 

「あの子がやった仕事、数えてごらんよ。朝からまだ、○点だよ。あれで正社員だってよ。あの子の給料は、あたしが稼いでるんだよ」と。

『はは~あん、Aさんは、丁寧にクレームのない仕事を続ける私に対して、Bさんにかこつけて、遠回しに嫌味を言ってるんだ』と、私は直感しました。

 ということは、Aさんの目的は、Bさんと私に嫌味を言うことだから、私がAさんの言葉を嫌がったら、それでAさんはある程度、腹いせができるということです。

つまり私は、Aさんの言葉に堪えなくてはいけない、ということです。

しかし私は、執拗なAさんの挑発に負けてしまいました。

ある日、一日の仕事が終わると、私はAさんにわざと、Aさんの言葉を真に受けた態度で、さりげなく答えました。

「今日は、130点、縫えたわね」と。

これがまた、Aさんを挑発してしまいました。

Aさんはもちろん、130点は縫っていますが、順調に縫えていれば、もっと数多く縫えているはずです。検品の担当者から縫い直しが戻されてくるので、Aさんが思うようには数をこなせません。それにAさんがそんな縫い方ですから、値段の高い商品や、縫い直しのきかない商品、急ぐ商品は私の方に回されますので、私はAさんのように、早くは縫えません。その早く縫えない私が言ったその言葉は、Aさんにとって、嫌がらせに聞こえたようでした。

それからも毎日、私がまだ130点を縫っていないころに、

「今日はもう、とっくに130点縫ったよ。お給料は、稼いだよ」と、聞こえよがしに言います。そのとき私はまだ、せいぜい90点ぐらいでしょうか。

毎日々々、この繰り返しです。私はついに、精神的に疲れました。

退職の希望を課長に伝えた私は、課長から言われました。

「もうすぐ正社員なのに。辞めないでくれよ。なんだったら、すぐに正社員に昇格するよ」

「正社員になったら、それこそ、Aさんから、どんな嫌味を言われ続けるか、わかったもんじゃありません。勘弁して下さい」と私は答えました。

タヌキと戦うには、タヌキかキツネになるしかありません。正直者のウサギでは負けてしまいます。

嫌味のオンパレード、聞き流せたら、どれほどよかったでしょうか・・・・・・。