私は以前、ふとした気まぐれから、アパレルの販売員をしたことがあります。アルバイトも入れると、2年ほどしたことになります。

先に勤めていた店が閉店になったあと、私はまた別の店で販売員になりました。

この店は、日本でトップクラスのアパレル専門会社が経営するブランドのなかのひとつを販売する店で、全国のデパートに、30店舗あまりの展開がありました。

私が配置された店の販売員は3人で、日曜日と祝日は3人体制で、土曜日と平日は2人体制でした。

新しく開店した店ではなかったので、1人が辞めたあとの補充として、私が採用になりました。

3人という人数は、奇数です。

もし1人が、どちらかを指示してどちらかに反発の意思を持ってしまったら、1対2の人間関係になってしまう人数です。
私はそれまでの職場で、(女の)派閥の争いに巻き込まれた苦い経験がありましたので、店長とサブ店長のどちらにも従って、うまくやっていこうと思っていました。

私がその店の販売員として入り始めて、一週間ほどが経ったころのことです。

その日は、サブ店長と2人で入っていました。

デパートが10:00に開店してまもなく、サブ店長は、店の商品のディスプレイを替え始めました。それは私がその店に販売員として入った当初からのことでしたので、特になにも思いませんでした。

ただその日は、商品全部の配置を替えるのかと思うほど、店の中全体をかきまわしていました。

そして午後2時ごろ、またディスプレイを替え始めました。

店長は、一日に一度ぐらいのディスプレイの模様替えはしても、二度もしませんので、私はサブ店長に、

「また、替えるのですか?」と尋ねました。

するとサブ店長は、

「会社は、売れなかったら、お客様が入るまで、何度でも替えるようにと指導しているでしょう? あなたも、新人教育を受けたはずよ」

と、きつい口調で言いました。私が『そうだったわ』と内心思いながら黙っていると、

「Nさん、替えないでしょう?」

と、責めるようなきつい口調で私に聞きました。

Nさんというのは、店長の姓です。

サブ店長は、店長のことを、決して店長とは呼びません。そして、

「あたしはねえ、前にいたお店で、販売の基礎を一から仕込まれたのよ。Nさんは、どんな店の出身かくわしくは知らないけど、あたしの方が、仕事はできるのよ。わかったわ、Aさん(私のことです)、あなたに、販売の仕事というものは、どのようにするものなのか、ということを、一から教えてあげるわ」

と、一方的に言い放ちました。

『そういえば、店長が、ディスプレイをあまり入れ替えないのは、サブ店長に気を使ってのことだったのかな』と、私は思いました。なぜなら、サブ店長がいつも真っ先に入れ替えるのは、前の日に店長が飾ったディスプレイだったからです。

『素直に言葉に従わないで、人間関係がギクシャクしてしまったら、たいへんだ』と思った私は、
「ありがとうございます」と頭を下げました。

その日から、それまでと比べて急に機嫌がよくなったサブ店長は、
「Nさんは、こんな並べ方をしているけれど、これじゃダメよ」
と言っては、ケースの中の商品の配置を替えます。

その姿は私の目に、店長に対して挑んでいるようにしか見えませんでした。

『サブ店長は、よほど店長のことが気にいらないんだわ。店長もきっと、嫌だと思うわ。まるで、あてつけじゃないの。ずっと、我慢しているんだわ』と、店長に同情しながらも、『だからといって、サブ店長を敵に回してまで勤めるのは考えものだし』と、迷いながら、日を重ねていきました。店長に気を遣いながら、サブ店長の機嫌をそこねないようにと務める毎日でした。

そして半年ほどが経ったころ、店長から、

「Aさん、私とサブとの二人に気を使って、毎日、しんどいでしょう?」

といたわりの声をかけられました。

私は、もうサブ店長に従うのはやめて、店長に従おうと思いました。しかしそれには、相当な勇気が必要です。

私は、エリアのチーフに電話をかけました。

チーフが面接に来てくれて、私はそれまでのいきさつを話しました。

チーフはすべての事情を、すでに知っていました。どうやら私の前任者も、同じようなことが理由で辞めたようでした。

「でもねえ、あの店のスタッフは、替えることができないのよ」

「サブ店長を、他のブランドの店長にするとか、そういうことはできないのですか?」

「あのサブを、どこかの店長に? できるわけないわよ、あんな・・・・・・」

自分が勤める店のチーフである店長を、自分よりも劣っていると露骨に態度に表すような人間に、店長の職が務まるわけがない、という考えでした。
販売員に未練がなかった私は、その場で退職の希望を伝えました。

「そうですか、わかりました。それではお話ししますけれども、次のスタッフがもしも、あなたの前任者やあなたと同じことを言ってきたら、サブは移動されます」
退職を希望した私は、会社の規定で、それからひとつきのあいだ、その店に入りました。そのあいだに次のスタッフが入り、引き継ぎの作業が二週間ほどありました。

次のスタッフが店に入ってからすぐに、彼女は私にこう言いました。

「Aさん、あのサブ、なんですか? 店長のことを、店長って呼ばないんですよ。どういう性格、してんのかしら?」

私はサブが移動になる確信を覚えて、安心して退職しました。