「公正採用選考人権啓発推進員選任済」というのを、御存知でしょうか?

「公正採用選考人権啓発推進員」というのは、企業における公正な採用選考の確立を図るために、一定規模以上の事業所において原則として設置を義務づけているものです。 

ですから「公正採用選考人権啓発推進員選任済」というのは、その人材をすでに選んでいる事業所である、ということになります。

わかりやすく言えば、「採用に関しては、公正な選考をする職場ですよ」ということでしょうか。

私はいまから約三年前に、ハローワークの求人票に記載されたこの言葉を目にしました。

その場に辞書やネット系の機器を持っていなかった私は、その求人票を持って紹介窓口へ行き、意味もわからないままに紹介を希望しました。

窓口の担当者も、私が質問をしないので、求人票の内容が理解できていると思ったのか、その言葉の説明がないままに、私は事業所の面接を受けました。

薬品販売の会社で、三ヶ月だけの臨時社員の募集でした。

面接官は三人で、正面に労務士が座っていました。両隣には、副社長と、私が応募した事務職の長である総務部長の二人が座っていました。三人は全員、女性でした。

私はそれまでに、恥ずかしながら、かなり多くの会社で面接を受けた経験がありましたが、正面に労務士が座っていたのは、初めてでした。

驚くと同時に、これが「公正採用選考人権啓発推進員選任済」ということだ、と理解しました。

面接の途中で、総務部長が急用で席を立ちました。面接は、労務士と副社長とで進められました。

二人とも見たところ三十代の前半で、私より若いせいか、面接に重みがありませんでした。また二人はかなり仲が良いらしくて、顔を見合わせて微笑みあう様子は、まるでティータイムのようでした。

面接が終わり、私が廊下に出た途端、面接した部屋の中から、「あはははははは・・・・・・」という、大爆笑が聞こえました。

私は、自分が笑いものにされた、としか思えませんでした。

てっきり不採用になった、と思っていた私のもとに、採用の電話が入ったのは、それから数日後のことでした。

私は、病気で入院した社員の病気療養のあいだの臨時社員でした。

その会社の社長は、面接官だった副社長の姑にあたる人で、社員だけでなく取引先などの誰からも好かれる人でした。社長の息子で副社長の夫にあたる男性は、子会社の社長を務めていました。

社長は、副社長と仲の良い労務士のことを、嫌っていました。なぜなら、社員の多くが、その労務士のことを嫌っていたからです。しかし副社長の夫(社長の息子)は、副社長のいいなりでした。

労務士は週に一度、土曜日に会社に通ってきて、50人ほどいる社員の労務関係の仕事をこなしていました。

私は総務に席がありましたので、労務士の席とは、ひとつ挟んで斜めに向い合せる形になっていました。労務士の隣の席は、副社長でした。

それから二ヶ月が過ぎようとしたころ、病気療養していた社員から連絡があり、病気の関係で退職したい、ということでした。

会社は、社員の希望を受け入れました。

私の周囲では、「○○さん、このまま正社員になるの?」と、何人かの社員から聞かれました。そのことにもっとも興味があったのは、他の誰でもない私でした。

それから数日後、私は社長から、「△△システムの使い方を、担当者から教えてもらって下さい。あなたにはこれから、△△システムの担当者を補佐してもらいます」と指示されました。

『ということは、正社員になれるかどうかはわからなくても、臨時社員の三ヶ月が過ぎても、私はこの会社で雇用されるということだ』と、私は思いました。

すぐに△△システムの担当者に、社長から指示されたとおりのことを伝えました。担当者は、「スケジュールを考えます」と答えましたので、私は担当者からの呼び出しを待ちました。

ところがそれから何日経っても、担当者からはなにも言ってきません。

そのうちに、病気退職した社員を補充する正社員の募集記事が、求人募集広告に掲載されました。それより少し前からは、会社に出入りのあるさまざまな人たちから、「どうか、知り合いのこの女性を、宜しく頼みますよ」ということで、コネクションを使った正社員希望の話が、何件もありました。

補充社員を募集するということは、私は当初の募集要項通りに、雇用期間が終わる、ということです。

労務士は、土曜日には必ず会社にきますし、私とは必ず顔をあわせましたが、なにも言葉をくれません。私はそのことを、仲が良くなった社員の何人かに話しました。するとみんな、労務士の悪口を言って、私を慰めてくれました。

そうするうちに、あと十日ほどで、私の雇用の期限が切れる日になりました。

私は、労務士に出すお茶を淹れるために、湯沸し室に入りました。すると、後ろから、スリッパの音をぺたぺたと大きくたてて(労務士は身長が150センチもないくらいで、足も小さいので、子供用のスリッパでちょうどいいくらいでした)、労務士が湯沸し室に入ってきました。

「ごめん、言わなきゃ、言わなきゃ、と思いながら、つい、忘れてしまってて・・・・・・。この30日で終わりですね。短いあいだでしたが、ご苦労様でした」

「やはり私は、パートででも、おいてもらえないのですね?」

「面接のときに、正社員でなら、雇いたい人がいました。でも臨時社員の募集だったから、辞退されました」

ガーン、です。確かに労務士の言うとおりだったのでしょう。臨時社員だから、私でもまにあったわけです。

涙が出そうになるのを堪えて、私は労務士のお茶を淹れて、総務にある労務士の席に持って行きました。すると隣の席に、いつのまにか副社長が座っていました。

そして私が労務士のデスクにお茶を置いて、背を向けて総務の部屋を出ようとすると、後ろから労務士と副社長の爆笑が聞こえました。

私は、その笑いが、私に対して向けられたものに聞こえました。社員のみんなが、労務士を嫌う気持ちが、しみじみとわかったように思いました。

「公正採用選考人権啓発推進員」の中には、そんな人もいます。