「玉の輿に乗る」という言葉があります。

貴人が乗る立派な輿(乗り物)に乗る、という意味ですが、転じて、女性が金持ちの男性と結婚することによって裕福になれる、ことをいいます。
それは、いまを去ること何十年前、私が二十歳のころのことです。

私には、すでに何年間かつきあっていた彼氏がいました。彼氏は、私よりひとつ年上でした。

彼氏の家は華僑で、庶民の私と比べると、大変な金持ちでした。たとえば、世界でも名の知れたリゾート地の何か所もに、ホテルを経営しているような、です。

日本でもいくつもの事業を展開していて、そのうちのひとつに建設会社がありました。その建設会社が建てた分譲マンションのひとつに、3棟ほどで500戸程度の規模のものがありました。

3棟はかたまって建っていて、そのうちの1棟の一階に、幼稚園がありました。

幼稚園の理事長は、彼氏の一番上の兄で、園長は、俗にいう「雇われ園長」でした。

私は当時、短期大学で、幼稚園の二級教諭免許を取得したあと、学校から紹介された会社でOL一年生をしていました。

ある日、彼氏から言われました。

「お母さんから言われたんだ。頑張って勉強して、一級免許を取ってほしい、と。そして幼稚園の園長を務めてほしい、と。理事長には、僕がなる」

大変な資産家の息子なのに、どうして幼稚園の理事長になりたいのか、当時の私にはわかりませんでした。

いまの私になら、想像はつきます。たとえばその幼稚園を足掛かりにして、いくつもの幼稚園を経営するとか、さらに上の年齢の私立の学校に手を広げるとか、です。 

私の母は、一言のもとに反対しました。

「あいそぐわぬは身の不幸。そんなお金持ちと、家と家とのつきあいはできないから、あなたは一生、肩身の狭い思いをする。それにそんな資産家が、嫁にするあなたを働かせるなんて、なにか魂胆があるにちがいない。一生、重い責任を負わされる恐れがある」と。

母の反対を押し切って彼氏の幼稚園に就業した私は、幼稚園の相談役の息のかかった園長をはじめとする、全職員15人ほどの冷たいトゲのある目のなかで働くことになりました。

根性のない、そして若いヒヨッコの私が堪えることができたのは、たったの二日だけでした。

彼氏は、「若気の至りだよ。忘れてしまえばいい」と言って、以前と変わらず優しくしてくれていましたが、彼氏の母親と兄の顔に泥を塗った私は、もう彼氏の家族にあわせる顔がありませんでした。彼氏の家を訪ねるのが次第に気まずくなり、ついに私のほうから別れ話を切り出しました。

いまの私なら、人生経験を生かして、70%の確率で、堪えることができると思いますが、30年、早かったな。